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2011年10月15日 (土)

藤川寿鳳さん

先日また、藤川にとって大切な方が旅立たれました。


やはり私の生まれる前からいらした大事な存在。


幼稚園に通っていた時、小学校に通っていた時、帰ってくると、元気にハツラツとお稽古されている寿鳳さんに、いつもお会いしていました。


学校から帰ったら、寿鳳さんが来てる!と思いながら、走って帰って


そしたらいつも『奈央子ちゃん!』と笑顔で迎えて下さいました。


ずっと舞台を見守って下さった。


そして、自らも、小さい体から想像出来ないくらいのパワーで、得意の男踊りを舞台狭しと踊ってらっしゃいました。


最後に拝見した、術後復帰舞台は、感動して涙ぐむ方、復帰を喜ぶ拍手でいっぱいになりました。


ああいう風にありたいと目標にされている方が沢山いらっしゃいました。


『踊りがあって幸せだった』と、ご遺族の方からお話いただきました。


今はもう聞こえない寿鳳さんの声。でも、あの日の、あの生き生きと輝く寿鳳さんの踊りや表情、言葉を思い出します。


お別れは身を斬られるようです。


でも同時に、寿鳳さんと一緒に踊って歩いて来られたことを幸せに思います。


そして、これからも、一緒に歩いて行きたい。


お弟子さんを亡くすと、今は亡き、藤川の門下の皆さんを、お一人お一人、思い出します。


気持ちを連れて、これからも共に歩み、踊ることで、皆さんを生かしたい。


そして、今ある、大切な門下の皆さんの人生が輝くように、一片でも、何か力になれるならば…


それが、私が踊り続ける理由です。


明日、私は25歳になります。


そんな日にお別れに行くことになり、大きな意味を感じています。


また一つ大きな覚悟と責任を感じて、皆さんにいただいた愛に見合うように


舞台から踊りを魅せる。


稽古から教え伝える。


共に悩み。笑い。生きる。


そういう藤川を目指して。


精進して行きたいと思っています。


寿鳳さん、ありがとうございました。


ありがとうございました。

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コメント

御冥福を、お祈り申し上げます。

ありったけ、思いのままに悲しんで差し上げる事で、
旅立たれる方のお背中を、やんわりと押して差し上げる事が出来ると、思うのです。
お別れを、望む方は居りません。
ですから、お一人で歩まれるその黄泉路を、ともに寄り添って辿っても、良いと思うのです。
その先へ、ずっとご一緒する事は出来なくとも。
時に、こちらからお訪ねする事も、あって良いと思うのです。

そうでなければ、お見送りが苦しいばかりで、どうしようもなく淋しいのです。

私は、私に出来る事でしか、尽くせませんが。
皆さまで築かれ、温めて行かれる藤川の、僅かでも力でありたいと思います。

謹んで。

投稿: 汀 | 2011年10月17日 (月) 20時39分

汀さんへ


大いに悲しんで、大いに懐かしんで、大いに感謝して、ありったけ想いたいと思います。


本当にお世話になりました。


お別れというより、これからはずっと気持ちの上で一緒という感じがしています。


踊りで結ばれた絆を、今後藤川の皆様と、汀さんと、温めて大事にして行きたいと思っています。


温かいコメント、ありがとうございました。

投稿: 家元 | 2011年10月18日 (火) 09時30分

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